ショートストーリー

AT THE BALCONY 十人十色の住人が毎日さまざまなドラマとともに過ごす集合住宅。そんなマンションに住む人々とともに今日もどこかで生まれている物語の断片を紡いでいきます。Vol.10 「里帰り」

東京で生まれ育った身としては

里帰りや帰省という感覚がない

田舎に帰省したいと感じるのは

まさに無いものねだりというやつか

親父が転勤族だったこともあり、

実家はつねに賃貸マンションだった

だが、親父の定年退職を前に

都心にマンションを購入した

一軒家に住み慣れていない親父が選んだのは

住み慣れたマンションだった

その翌年から、里帰りは都心の高層マンションになった

お盆に帰省すると

親父は必ずといっていいほど

近所のおじさんを集めて囲碁に熱中している

趣味のなかった親父だが

マンションの寄り合いを通じて

囲碁と釣りという趣味を手に入れた

母親は編み物の趣味が高じて

週に一度、自宅で近所の人を集めて

編み物を教えている

「最近は高校生の女の子も来るのよ」

娘のいない母親は嬉しそうに話す

だからだろうか

以前よりも実家がにぎやかになった

親父は俺を囲碁の練習台にと誘い

妻は母親からレースの編み物を習っている

実家の居心地のよさってのは“住んでいる場所”ではないんだな

今では違和感を感じることなく

“都心の田舎”へと“帰省”している

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