ショートストーリー

AT THE BALCONY 十人十色の住人が毎日さまざまなドラマとともに過ごす集合住宅。そんなマンションに住む人々とともに今日もどこかで生まれている物語の断片を紡いでいきます。Vol.8 「祭囃子が聞こえると」

住み始めたころは

馴染みのない町に不安を感じていた

近くの神社で行われている祭りに行ったときのことだ

金魚すくいのおじさんが声をかけてきた

「うちのマンションの兄ちゃんだろ?」

同じ階に住む無愛想なおじさんが、

「1回やっていくかい?」

と声をかけてきた

そのとき初めて金魚をすくう道具のことを“ポイ”と呼ぶことを知った

そして、ポイに表と裏があることも

あまりに慣れていなかったのだろう

おじさんは、金魚のすくい方を丁寧に教えてくれた

「ポイは表面を使ってすくうのがコツだよ」

「水の抵抗をなるだけ受けないように、ポイは斜めに使うんだ」

いい大人の喜びように、おじさんもいっしょになって喜んでいた

それまで、マンション住まいの中でご近所づきあいをすることはなかったが

おじさんと仲良くなったのをきっかけに

祭りに来ていたご近所さんとも仲良くなれた

それから数年経った夏の日

あんなに元気だったおじさんが亡くなった

祭りの名物だった金魚すくいをなくすわけにはいかない

それからは、祭りで金魚すくいの屋台を出すことになった

祭囃子が聞こえると

子供のころにわたがし片手にワクワクしたことを思い出す

おじさんが金魚すくいを教えてくれたことを思い出す

金魚すくいの屋台の前で立ち止まる人たちに

声をかけてみる

そして、金魚すくいのコツを教えてみる

祭囃子が聞こえると

夏の暑さをふっと忘れさせてくれる

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