
住み始めたころは
馴染みのない町に不安を感じていた
近くの神社で行われている祭りに行ったときのことだ
金魚すくいのおじさんが声をかけてきた
「うちのマンションの兄ちゃんだろ?」
同じ階に住む無愛想なおじさんが、
「1回やっていくかい?」
と声をかけてきた
そのとき初めて金魚をすくう道具のことを“ポイ”と呼ぶことを知った
そして、ポイに表と裏があることも
あまりに慣れていなかったのだろう
おじさんは、金魚のすくい方を丁寧に教えてくれた
「ポイは表面を使ってすくうのがコツだよ」
「水の抵抗をなるだけ受けないように、ポイは斜めに使うんだ」
いい大人の喜びように、おじさんもいっしょになって喜んでいた
それまで、マンション住まいの中でご近所づきあいをすることはなかったが
おじさんと仲良くなったのをきっかけに
祭りに来ていたご近所さんとも仲良くなれた
それから数年経った夏の日
あんなに元気だったおじさんが亡くなった
祭りの名物だった金魚すくいをなくすわけにはいかない
それからは、祭りで金魚すくいの屋台を出すことになった
祭囃子が聞こえると
子供のころにわたがし片手にワクワクしたことを思い出す
おじさんが金魚すくいを教えてくれたことを思い出す
金魚すくいの屋台の前で立ち止まる人たちに
声をかけてみる
そして、金魚すくいのコツを教えてみる
祭囃子が聞こえると
夏の暑さをふっと忘れさせてくれる

