ショートストーリー

AT THE BALCONY 十人十色の住人が毎日さまざまなドラマとともに過ごす集合住宅。そんなマンションに住む人々とともに今日もどこかで生まれている物語の断片を紡いでいきます。Vol.6 「ベランダからの風景」

梅雨が明ければ本格的な猛暑がスタートする

クーラーの効いた部屋でビールもいい

だけど、夫婦で時間が合う日には

ベランダに出てワインを傾けるのも悪くない

今のマンションに住むことを決めたときに

何よりも気に入ったのがこのベランダからの風景だった

海が見える風景でもなければ

美しい夜景が広がるきらびやかな風景でもない

大きな桜の木が1本。それを見渡せる少し殺風景な風景

彼女から初めてもらったプレゼントはオルゴールだった

そのオルゴールのメロディーが鳴らなくなったころ

彼女から別れを切り出されたことがある

お互いの時間はいつも行き違い

夢ばかり語っていた僕に、嫌気がさしていたんだろう

僕はその時間を埋めるために

別れを切り出した彼女にオルゴールを贈った

もちろん最後のプレゼントだと覚悟していたが

手紙を添えて渡した

“1年後の今日、君からオルゴールをもらった場所で待っている”

随分と年を重ねた桜の木が1本だけ立っている公園

その桜の木の下で彼女は僕にオルゴールを渡し

僕は再会した彼女にエンゲージリングを渡した

住み慣れた町を離れて、初めてこのベランダに来たとき

「少し殺風景かしら…」と笑う彼女に

「気に入ったよ」とだけ答えた

桜の木を見渡せる風景とオルゴールが奏でるメロディー

思い出は言葉にしなくても二人で共有していることを感じさせてくれる

僕にとってのベランダは、そんな空間でもある

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