ショートストーリー

AT THE BALCONY 十人十色の住人が毎日さまざまなドラマとともに過ごす集合住宅。そんなマンションに住む人々とともに今日もどこかで生まれている物語の断片を紡いでいきます。Vol.5 「中庭のホタル」

都会に住むようになって見ることがなくなったもの

子供のころは、夏が近づくと川原でホタルを見るのが日課になっていた

川一面を美しく照らし出すあたたかで美しい光

ホタルのいる景色は、町からどんどんなくなっているという

息子が幼かったころ

ホタルを見せてやりたくて

家の近くにある川原に出かけたことがある

運がよければホタルに会えると聞いたが

結局、光る虫は僕たちの目の前に現れなかった

「光る虫なんているワケがないよ!」

息子にホタルを見せてやりたかったが

都会の水は甘くないのだろう

息子が小学校に入学したときのことだ

マンションの中庭を通りかかったとき

「パパ、あれ見て!」

息子が指差す方向に

ゆらゆらと動く小さな光を見つけた

―ホタルだ…

かつて見た一面に煌々と光るホタルの群れではなく

“一粒”だけの光

不安定に動くその寂しげな光は、ただそれだけで憂いのある表情を見せてくれる

大人になった僕は、初めてその表情に触れることができた

初めてホタルを見た息子は

フワフワと動く優しい光を楽しそうに目で追っていた

「ホタルってテレビでしか見たことがなかったよ」

たまたま、“運悪く”ここへ紛れ込んでくれたホタルに思わず感謝した

都会の水もまだまだ捨てたもんじゃないんだな

※ ホタル 見ごろは7月下旬まで。東京近郊では青梅の成木川や板橋区ホタル飼育施設で “運がよければ”出会うことができる

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