ショートストーリー

AT THE BALCONY 十人十色の住人が毎日さまざまなドラマとともに過ごす集合住宅。そんなマンションに住む人々とともに今日もどこかで生まれている物語の断片を紡いでいきます。Vol.1 「オレンジティー」

大好きな喫茶店がある
マンションの1階にある
おじいさんと、おばあさんが2人で
こぢんまりとやっている小さな喫茶店だ

ここのおじいさんが、頑固

アイスティーを頼むんだけど
「ここで飲めるのは世界一おいしいアイスティーだよ」と
メニューにはないオレンジティーを
なかば強制的に出す

オレンジジュースのような風味が
口の中いっぱいに広がるんだけど
紅茶の味もしっかりと口に残る

それからは
そこの喫茶店に行く度に
オレンジティーを頼んだ

あるときは
「今日はいいのが入ったから」と
アップルティーを出してくれる
「これはホットで飲まないと、風味が崩れるんだ」と
真剣な目つきで小さなティーカップに入れてくれる

もちろん
「ここで飲めるのは世界一おいしいアップルティー」
ということばとともに

おじいさんの紅茶のうんちくは、豊富で
おばあさんは無口なんだけど、笑顔が素敵

何度も通ううちに
いつしか
おばあさんの笑顔を見るために
おじいさんの話を聞くために
ここの喫茶店に行くようになった

ある日、いつもと同じように
オレンジティーを頼むと

「あと1週間で店を閉めることにしたんだ」

おじいさんは

50年間、お店でお茶をいれ続けてきたけど
これからは、田舎に帰って
奥さんのために生きることにした

と嬉しそうに言った

「これまでは、自分が好きなことをやってきたけど
これからは、奥さんに好きなことをやってもらいたい」

おじいさんの喫茶店が閉まってから数年が経つ
今ではお店はパン屋さんになり、毎日盛況だ

ただ、ここの店の前を通るたびに
最後に飲んだオレンジティーの味を思い出す

その味は、今でも 世界一おいしいアイスティーとして
まだ口の中に残っている

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