柿や蜜柑の木が植わる緑豊かな家に暮らしている女優の大沢逸美さん。この家を手に入れたのは27歳のときだった。
大沢さんが27歳という若さで家を買ったのには、ある思いがあったから。その家に詰まった「思い」を語ってもらった。
大沢さんは、「若いときから、私にとって”家”は大きなキーワードでした。というのも、芸能界に入ったのは両親に家を建ててあげたかったから」と語る。
ホリプロのタレントスカウトキャラバンに優勝したのは高校2年生のときだったが、芸能界は憧れの場所というよりは「就職先」という思いが強かったという。
子供時代は、賃貸のアパートに住んでいたため、階段は外にあるものと思い込んでいた。ところが、ある日2階建ての友達の家に行って「家の中に階段がある!」と驚いたという。そしていつかは「家の中に階段のある家」を両親に建てようと決意した。
「当時の若い芸能人の中でも私のような考え方をする子は珍しくて、同期からも“逸美はえらい”と一目置かれてましたね(笑)。多分両親が私をとても大事に一生懸命育ててくれたからなんだと思います。贅沢はしなかったけれど、夏になれば家族でキャンプに行ったり家族でいつも仲良く暮らして、その中で自然と親のために何かしようと思うようになったんですね」
興味深いことに新人時代に出演した「オールスター家族対抗歌合戦」で大沢さんは「私の夢」と題して両親に建ててあげたい家を絵に描いて紹介している。
「父の部屋には大きなテレビとベッドを描いて、母は歌が好きなのでカラオケセットとミラーボールとステージを描いてあげました」
ちなみに絵に描かれた家の外面は三角屋根で煙突があって煙がたなびく西洋風の家。そして大沢さん自身の部屋は天窓のある屋根裏とアニメの「アルプスの少女ハイジ」風。10代の大沢さんの憧れの家はそんな少女らしい夢がいっぱい詰まった家だった。
少女時代からの夢を実現させて現在の家を手に入れたときには、残念ながら父はその2年前に他界していた。
リウマチや糖尿病などを患っていた母を東京に呼び寄せて賃貸のマンションで暮らしを始めていたが、外階段で母が転倒したのをきっかけに家を買うことを決意したという。
「時はバブルの終わりかけ。家を買うなんて無理だと思いながら、銀行の担当者にふと夢を漏らしたんです。そしたらローンの計算をしてくださって『買えますよ』って。当時芸能人が20年、30年のローンを組むのって非常に難しかったんですがね」
さらに親切にも、休日返上で大沢さんと一緒に物件を探し回ってくれたのだとか。
「実は、その銀行の支店長さんがとても親思いの方で、私の夢を応援してくださったこともあり、行内のみなさんで応援してくださいました。私には家の知識が全く無かったですから、一人の力では持てなかったと思います。本当に親孝行のおかげですね」と笑う。
こうして10軒ほど見た中で中古で売り出されていた現在の家と出会った。築15年で決して新しくはなかったが、正方形といういい土地で、1階にリビングや台所、ダイニング、お風呂、トイレなどが揃い、生活はすべて1階部分でできる間取り。母の通院している病院や大沢さんの仕事にも便利な場所にあり、さらに土いじりが好きな母向けに広くはないが庭もあった。
「あんまり深く考えてというわけではなかったのですが、必要条件に合っていたので決めてしまいました。夢に描いていた西洋風の家とはだいぶちがったんですけどね」
間取りはそのままに、茶色の和風だった壁を白に塗り替えて明るい雰囲気の部屋に変え、床を張り替え、洗面台を取り替えるなど最低限の修正をしてもらった。1階は母の生活空間、2階が大沢さんの部屋と衣装部屋と客間という家での生活が始まった。リビングには母のベッドを置きアコーディオンカーテンで必要に応じて仕切るなど、母思いの間取りだった。それにしても27歳の女性が家を買うとはかなり思い切った決断だったのでは?
「今だったら怖くてできませんね。何も知らなかったからこそ、かなり無謀なことを平気でやれたんだと思います。だからこそ家が買えたんですね。知らない強みです」としみじみ語る。
一緒に暮らした母は大沢さんの介護を受けながら2002年に亡くなった。今、大沢さんは一人で暮らしているが、家には母の面影があちこちに息づいているという。たとえば庭。庭仕事ができることをとても喜んだ母は牡丹やツツジ、ナスやトマトなどさまざまな木や花や野菜を植えて育てていた。
「牡丹の花が咲いたときはとても喜んでいました。丹精込めないと花が咲かないらしいんですね。でも今では何もしなくても毎年たくさん花を咲かせます。植物も人間も最初に愛情こめて世話をすれば後はすくすく育つんですね」
仕事が忙しかった大沢さんは何がどこに植えられているのか知らない。今も把握できていない木々が多いとか。
「裏のほうに意味ありげな木々がどんどん育っていたりするんですよ。棘があって小さな葉がついて、窓から涼しげに緑を見せているこの木は何だろう……と思ったり」
最近になってその「謎」の一部が解明された。今年になって庭から泥まみれになった紙の束が見つかった。その中に「杏と桃と蜜柑を植えました。南側の赤いポリバケツのところに植えました」といったメモが。その他、食べた果物の種を植えて育てたものがあることも判明し、大沢さんを驚かせた。なんと毎年実をつける柿の木も種から成長させたものだったのだ。
「ふつうは果物の種をまいても成長しないらしいのですが、土を替え、肥料を加えてしっかり育てたせいかどんどん成長して。柿は本当に8年目に実をつけましたね」
写真を見せていただくと、大沢さんの家の周りにはさまざまな木々が生い茂り、都内では贅沢な緑豊かなほっとする空間になっている。その家で大沢さんも今では育ちすぎた木々の枝を切るなど、庭の世話に心くだく日々を送っている。
「庭の柿の木の枝が道路側に随分伸びてしまったんですよ。私では手に負えないなと思っていたら、ちょうど飛び込みの植木屋さんがやってきたのでお願いしました」
一時期、母を失った悲しみで精神的にひどく落ち込んだという大沢さん。母の思い出のたくさん詰まった家を出たらと勧める人もいたが、この家にずっと住むつもりだという。
「この土地はすごく気に入っているので、一人でいるにしても、家族ができたとしてもここで暮らしていきたいですね。ただし、家自体はだいぶ古びてきたので、50歳になったら本格的にリフォームしようと計画中なんですよ」と元気に笑った。
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1966年、北海道生まれ。83年、「ホリプロ・タレントスカウトキャラバン」でグランプリを受賞し芸能界デビュー。『ジェームス・ディーンみたいな女の子』で第25回日本レコード大賞新人賞受賞。ドラマ『約束の夏』『水戸黄門』、舞台『半七捕物帖』、映画『セラフィムの夜』などで幅広く活躍。著書に『お母さん、ごめんね。』。 |

