以前住んでいた家は大好きなネイティブ・アメリカン風の内装にしていたという林マヤさん。
昨年秋に、出窓に魅せられてご主人と二人で引っ越した新居では、念願の「自分の部屋」を持った。
いったい部屋の内装はどうなったのか?
新居でのマヤさんの暮らしぶりをうかがってみた。
パリコレのモデルとして活躍し、現在は個性的なキャラクターのタレントとして活躍中の林マヤさん。今のマンションに引っ越したのは昨年秋のこと。
「以前住んでいたのは新宿近くのマンションで、周りはビルばっかり。全然光が入ってこなくて暗くてじめじめしていました。新しい家は周囲に高いビルがないので、陽の光がたくさん入ってきてとても明るくて気持ちがいいですね。朝カーテンを開けるときのすがすがしさがたまらないです。早起きがしたくなって、生活のリズムが変わりました。光って、とても大切ですね」という。
マヤさんは自分でアクセサリーを作るなど、手作り仕事が好き。以前の家はネイティブ・アメリカン風の内装にしていた。
「10年以上前にダーリンと一緒にニューメキシコ州のタオスでネイティブ・アメリカンの人たちの暮らしに触れてすごく感動したんです。彼らの家は日干し煉瓦を積み重ねて漆喰で固めた赤土色の家で、すごく素朴で温かみがあるんです。それに憧れて、壁や天井、ピアノまで赤土色に塗ってしまいました」
こんなに凝り性のマヤさんのこと、新居にも細かい条件があったのではと思いきや、意外にも「それぞれが自分の部屋を持てる広さがあること」と非常にシンプルなものだった。それまでは扉を取り払い、すべての部屋が夫婦共有状態で暮らしていたので、お互い一度も自分の部屋を持ったことがなかったのだ。
新居探しを始めてすぐにマヤさんは今の家に出会った。5階建てマンションの4階でそこそこの広さの部屋。
「玄関を入ると右側の部屋からわーっとすごく光が入ってくる。瞬間的にいいなーと思ったんです。部屋にとってもかわいい出窓があって」とマヤさん。
真っ白に塗られたかわいい出窓は人が座れるほどの広さがあり、なんと「出窓」に魅了されてしまったのである。そこに座ると遠くの景色まで見渡せた。
「2年前からジャズを歌い出したんですが、この出窓でジャズを歌ったら素敵じゃない!と思って。『ダーリン、私絶対ここにする、ジャズをこの出窓で歌いたい。もう絶対に歌手の道を目指す』と宣言してました」と、まるで少女のようにマヤさんは語る。彼も光にあふれた家を気に入り、すぐに引っ越しとなった。
こうして「理想の家」に引っ越したマヤさん。さて落ち着いて念願の「自分の部屋」を見つめると、どこか違和感がある。よく見るとその部屋は畳敷きだったのだ。しかも天井は木目模様、壁は茶色という少々時代遅れな和のテイスト。真っ白な出窓とは恐ろしいほどのミスマッチな部屋だった。他の人の目から見ると一目瞭然のことなのだが、マヤさんは引っ越してくるまで気がつかなかったという。
「出窓に夢中で他のことが全然目に入ってなかったんです(笑)。引っ越してからどうしようと思って。ただちに内装を変えることにしました」
まず最初にとりかかったのは茶色の壁。ハートが大好きなマヤさんは、雑貨店で素敵なものを見つけた。インドサリー風の生地に刺繍が施されたハート形のクッションが、紐でつながっているかわいいのれんを発見したのだ。これを数本購入して壁に張ったところ、和風だった部屋はキュートな雰囲気に。これをきっかけに、マヤさんの中に眠っていた乙女心が突如目覚めてしまう。新居でもネイティブ・アメリカン風の内装にする予定だったはずが、大きく路線を変えることになった。
「今まで私はハードでワイルドなイメージでやってきて、乙女チックなものは自ら封印してきたのですが、ハート形ののれんを飾ったら、突如キュートでかわいいもので部屋を飾り付けたくなってしまって。マヤマヤには、本当はキュートでロマンチストなところもあるんだよってことに気がついてしまったんですね」
ついに乙女心が炸裂し、お姫さま風のかわいい白いパイプベッドを購入。さらにインド製のアジアンテイストのシャンデリアを天井に。そして木目模様の天井には、オーガンジー素材のチュールをシャンデリアから放射線上に張り天蓋風に。それにしてもそのアイディアの豊富さ、センスの良さに感嘆してしまう。こうして部屋は和風ともアジア風とも西欧風ともつかない不思議な「マヤワールド」に生まれ変わったのだった。
ところで乙女心一杯で走るマヤさんを、彼がどのように見ていたのか気になるところだが、時々「これはやりすぎだろう」と異議を唱えることはあったものの、むしろ積極的にアイディアを出してくれたのだとか。マヤさんが最初は天井にまっすぐ張っていたチュールを放射線状に張ることを提案したのも彼。脚立に乗って張るのを手伝ってくれたというから、うらやましい。
家全体の内装は二人が話し合い、アイディアを出し合って作り上げている。キッチンではなく、リビングの窓近くに大きなテーブルを置いて食事をするようにしたのは彼の発案だ。
家のあちこちに「幸せを呼ぶ小さな開運グッズコーナー」など、さまざまな「コーナー」を作るのもマヤさんは大好きだ。
「家がそんなに広くなくても、小さなコーナーを作ると世界がぐんと広がるんですよ」
押入にも落ち込んだときに入るコーナーが。ちょうどマヤさんが入れるだけの空間に大好きな映画のポストカードをたくさん張ってある。落ち込んだときは真っ暗な押入で歌を歌うとすっきりするそうだ。
「“一人十色”という言葉を私は勝手に作ったんですけれど、一人ひとりの中にいろいろな色があると思うんですね。その自分の中のいろいろな色を探してみたい。部屋でも自分の中のいろいろな世界を表現させたいんです」
ちなみにお宅はいまも、二人のアイディアで日々変化し、さまざまな世界が表現されている。いつか一戸建ての家を持ったら、全体はネイティブ・アメリカンの家の温かい雰囲気で、一つ一つの部屋は扉をあけるたびに違う世界が登場する家にしたい……と夢見るように語るマヤさんだった。
長野県生まれ。80年代にモデルデビューし、『アンアン』などの雑誌、広告で活躍。パリコレでも活躍し、クリスチャン・ディオール、ジャン・ポール・ゴルチェなどのファッションショーに出演する。91年に「MAYA」でCDデビューを果たす。タレントとして、NHK総合「週刊こどもニュース」のマヤママで人気を博し、現在はNHK教育「おしゃれ工房」(月・火)にレギュラー出演し、テレビ、雑誌などで活躍中。 |



